【明日香村へ】第3回

万葉集にも綴られた
明日香村の風景

明日香村に託して詠まれた
親しい人や故郷への愛の詩とともに。

 7世紀後半から8世紀後半にかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集「万葉集」。万葉集に詠まれた地名が全国の万葉故地(ゆかりの地)の中でも数多く見られるのが、ここ明日香村です。そこで、明日香村を代表する風景とその地に縁のある万葉歌をご紹介します。

【石舞台古墳(いしぶたいこふん)】

 蘇我馬子の墓とも言われている石舞台古墳。積み上げられた巨石がむき出しの姿には神秘的なオーラさえ感じます。この付近には、天武天皇と鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)(後の持統天皇)の子である草壁皇子の邸宅「嶋宮(しまのみや)」があったとされています。太陽と並ぶ皇子と称されながらも、27年の短い生涯で亡くなった草壁皇子を悼み、柿本人麻呂が詠んだのが、この歌です。

あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの
夜渡る月の 隠らく惜しも [巻二・一六九]

(意味)日は照らしているけれど、皇子が夜空を渡る月のようにお隠れになったことが惜しいことです。

【甘樫丘(あまかしのおか)】

 眼下に明日香の里を、見渡せば大和三山といわれる耳成山、畝傍山、天香久山まで一望でき、その眺望が美しいことで評判の小高い丘。丘の中腹には有名な歌碑が座しています。

采女の 袖吹きかへす 明日香風
都を遠み いたづらに吹く [巻一・五一]

(意味)采女の袖を明日香の風が吹き返しているよ。いまはもう都も遠くなり、むなしく吹くことだなあ。

 作者は天智天皇の子である志貴皇子(しきのみこ)。万葉集に残る歌はわずか 首ながらいずれも秀歌と評されています。飛鳥浄御原宮より藤原宮へ遷都した後に作られたこの歌は、旧都を訪れた皇子がかつての華やかな都、そして天皇に仕えた女官たちを偲んで詠まれています。

 2首の万葉歌からは失ったものを悼み、偲んだ情感が切なくもしっとりと伝わってきます。万葉集が親しい人や故郷への愛の詩と賞されるのもなるほどです。飛鳥川沿いや遊歩道沿い、史跡区域内など明日香村内に建てられている万葉歌碑は合わせて約40基。古代の遺跡や美しい光景とともに歌碑に記された万葉歌にふれると、その叙情がいっそう心に響いてきます。

この夏、出会った、見つけた
明日香村のいいお話。

明日香村の水風景に癒やされよう。

 この夏、明日香村に来られたら「飛鳥川」を歩いてみませんか。万葉集にも数多くの歌が詠まれるなど、古代より親しまれてきた飛鳥川には、心まで癒される水風景が広がっています。

新鮮で美味しい、明日香の夏野菜。

 明日香村は、「古代文化が花開いた地」のほかに、「農村」としての顔ももっており、豊かな自然の中で一年を通して様々な農作物が栽培されています。今回ご紹介するのは瑞々しい夏野菜。きゅうり、トマト、ピーマン、茄子、スイカ、ズッキーニなどカラフルで目にも楽しい野菜がずらり。明日香村地域振興公社代表理事で、農家も営む上田さんは、「明日香野菜の瑞々しさと、美味しさを多くの人に知ってもらいたい」と語ります。
 明日香村へ行かれたら、ぜひ、直売所へお越しください。新鮮で美味しい明日香野菜をお土産に、どうぞ。

明日香を走るなら、MICHIMOで。

 明日香村に点在する宮跡や寺社、山河巡りにおすすめなのが、超小型モビリティのMICHIMO(ミチモ)。前後2人乗りのコンパクトサイズで狭い道もスイスイ。電気自動車なので、CO2排出ゼロと環境にもやさしく、明日香周遊にピッタリです。この夏はMICHIMOで、飛鳥川の水風景や万葉文化館〜万葉歌碑巡りを楽しまれてはいかがでしょう。

 

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