温故知新
「日本の美しいものづくりの旅【尾張七宝】」

丹念な職人技で紡がれる七つの宝石「七宝」

七宝は金属素地にガラス(釉薬:ゆうやく)を焼き付けてつくられるもので、1995年に尾張七宝は日本の「伝統的工芸品」に指定されました。明治時代、欧米で絶賛された日本の七宝。その輝きと美しさは人々の憧れと賞賛の的となりました。七宝の語源は仏教の経典にある「七つの宝石」から来ています。法華経では、金、銀、瑠璃(るり)、シャコ、瑪瑙(めのう)、真珠、まいかい(美石の一種)とされ、その美しさに匹敵するといわれる七宝は、名前にふさわしく奥深く高貴な輝きを放っています。

日本では明日香村にある牽牛子塚(けんごしづか)古墳から出土した亀甲形金具や、正倉院に伝わる黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう)が有名です。しかしそれらの出自は明らかではなく、シルクロードを渡って伝わったか渡来人の技術によってもたらされたものと言われています。日本で七宝がつくられたという記録や製品が存在するのは17世紀のことです。安土桃山時代から江戸時代にかけての名古屋城や桂離宮の引き手、東照宮の七宝金具などが有名です。

尾張七宝(おわりしっぽう)の歩み

尾張七宝は尾張藩士の次男として生まれた梶常吉(かじつねきち)が、オランダ人のもたらした七宝焼に魅せられて独自の製法を研究しその基礎を築きました。明治初期に入り、欧米のジャポニズムブームとともに盛んに輸出されるようになり、日本初の公式参加だった1867年のパリ万国博覧会で初めて出品されて以来、世界各地で開催される万国博覧会で高い評価を得ました。1900年にはパリ万国博覧会で尾張七宝が金牌を取る栄誉に浴しています。
現在も七宝町(現あま市)と名古屋市を中心に伝統的な技法を守りながら作られていて、多くの工程においてそれぞれの職人が丹念に仕事をし、一つとして手を抜かない、それがえも言われぬ独自の美しさを生み出しています。

七宝の種類

七宝には多くの種類がありますが、金属線の使用方法や有無によって、有線七宝(釉薬間の混合が防げるので模様が鮮明になる)、無線七宝(作成過程では金属線を使用するが、完成するまでに抜き取るので、釉薬間の混合は防げて自然な製品となる)、描画七宝(釉薬のみで絵や模様を作り焼成する)の3種類があります。その他、釉薬の種類によって、透明釉七宝、不透明釉七宝、半透明釉七宝に分けられます。また作製方法によっても多種類の魅力深い七宝が存在します。

今の生活に生かす

最近の尾張七宝は花鳥風月をあらわした伝統的なデザインばかりでなく、可愛らしい小動物やグラフィカルなデザイン、あるいは光沢を生かしたアクセサリーなども若手アーティストの手により生み出されています。香炉や花瓶などひとつ本物があるだけでお部屋に今までと違う世界が生まれます。

 

 

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